おさしず検索


飯降さと頻りに咳出て息どしく夜も眠り兼ねるに付願

さあ/\身上の処、切なみに切なみ迫る。幾重の尋ね事情を聞き分け。遠くの事情ならば一度の理にて成程の理も治まる。何ぼ諭しても聞いた時の心ならよい。なれど又いろ/\に気に掛ける。これまでの処、危なき処、越すに越されん処も通り来た。日々の処は十分という、有難いという、日々に忘れはしようまい。又受け取る処もある。これでなあと思う心はどうもならん。さしづ聞いてその通りの心をいついつまでに治めるなら、何にも言う事は無い。日々気に掛ける事は無い。身上大切という。どうもならんと言うて居ては、いつまでも竦んで居やんならんという。この理をよう諭してくれ。人間の義理を病んで、神一条の理を欠いてはどうもならん。

同日同時、永尾よしゑ頻りに頭痛して食事も仕兼ねるに付願
さあ/\/\皆身上々々、身上に不足なってどうもならん。めん/\の心から不足なる。日々暮らす中に事情聞き分け。不自由知らす。どんな事も頼もしいという事は一寸も知らん。人々の事情を見て、さあ世上々々の理を見て、めん/\暮らす中、たんのうの理を聞き分け。十分一つの理、十分一つの道、心通りの道は日々という。入り人出人住家一つの理、めん/\日々たんのう、日々に事情、めん/\一つの心は要らん。内々澄む一つの理は前々にも話たる。若き事情に一つという、又一つには兄弟一人二人という。世上の理なら話た者はそれ切りなれど、いんねん一つ、神一条の道には日々余の儀外の儀せいとも言わん、難しい事をせいとも言わん。善き処の理は身にも障り無い。二人子供、三人兄弟という。三人兄弟はいつ/\までも同んなじよう。一旦一つの理というは世上という、暮らす中三人兄弟一つの理に暮らせば、下を育てる心に成りて我子育てるを思えば、どんな無理も聞けるやろう。何かよう聞き分けるよう。
【説明】
飯降さと、本席様夫人。 おさしづを素直に聞いて、その通りの心を、いつまでも治めるなら何にも云うことはないが、人間の義理をやんで、不足し、神一條の理を欠いてはならぬ。という意味で、咳が出るのは、素直におさしづ通り神一條の道を通れと指示されたのであろう。
【摘要】
咳というものは、呼吸が素直に行われない場合に出るものである。そして、急く場合に、咳く事が多い。こうした生理現象を考えると、咳をもって指示される身上さとしの意味がよく理解されるであろう。咳に関するものは多数あるが、大体左の如く分類出来る。(1)急かずに将来を楽しめーやたらにせくなー。(2)急いで事を運べーやたらにせけー。(3)勝手の心を遣わず、素直に神意に沿いきれー神意に逆らうなー。(4)たんのうし、先案じするな。(5)お互いに堰を造らずに談じ合え。『やたらにせくな』と『やたらにせけ』という正反対の例があるが、これは他の場合にも見られるところで、『身上さとし』に否定(積極)と肯定(消極)とがあることは、実際にさとすとき、十分に注意せねばならぬところであろう。

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