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過日二十八日の朝大地震に付、名古屋愛知支教会へ見舞のため宮森与三郎、永尾楢次郎両名出張の願

さあ/\尋ねる処尋ねるまでや。事情大変々々事情理、所々事情聞けばやれ大層、やれ恐ろしい、やれ怖わい、やれ恐ろしい。これまでに話し、刻限事情にも諭したる。今一時遠くほのか話聞こえ分かる。一時の処、一時尋ねる一つの道、一つの道と言えば一つ事情、先ず/\早くという処、受け取る/\。先ず内々から一名二名、一名二名ではあたわん。三名心得。地に事情幾人は諭さん。先ずほのかの事情取り、早く事情に運ばにゃならん。さあ/\早く/\待って居るで/\。
【説明】
(1) 明治二十四年十月二十八日濃尾大地震起こる。岐阜県、愛知県一帯に大地震、全壊焼失14万2000戸、死者7,200人(近代日本総合年表による)であった。愛知支教会へ本部より派遣される際のおさしづである。 (2) 大地震の見舞いに現地へ本部より派遣するについての伺いは尋ねるまでもない。現地の実情は悲惨な有様であろう。恐ろしいことだ。怖いことだ。 (3) 何と言っても早く運んでくれ。親神は真実を受け取る。一名一人では足りないだろう。三名派遣するようにせよ。他に幾人とは言わぬ。早く派遣したがよい。  このあと宮森与三郎、永尾楢次郎、高井猶吉の三氏及び直属教会代表清水与之助氏の出張願いが出ている。  慰問使一行は十一月一日ぢばを出発し被災地へ急行した。五日帰和後再び神意を伺った。それには「一ぶ万倍の理に受け取る」と賞せられている。
【摘要】
おさしづには出張、派出、巡教、巡回など、外へ出向いていくについての伺いが割合多い。出張に関しても対外的出張と対内的出張とに分けることができる。体内的とは教内・教会先々への出張である。  さて「教外出張」として扱う対外的出張でおさしづに多いのは、明治二十一年の東京仮本部設置に当たっての上京伺い、また神道本部局への出張、および明治三十二年より始まる一派独立運動のための出張である。ところで、ここに事例として挙げたおさしづは個々に、それぞれ問題点を含んでいるので一括して要約することは難しい。むしろ個々のおさしづに現れた、それぞれの神意を理解することが適当であると思われる。教外出張に当たっては、信者取締りもあれば、事件解決のための出張もあれば、地震や火事見舞いもある。  滋賀県下信者取締りに出向くに当たっては、生涯末代の理をつくらせていただくという心構えでいくよう(二二・一二・一四)仰せられ、濃尾大地震には、早く運べ、真実を受け取る(二四・十・三一)、伊勢火事見舞いでは、道の理は誠心よりない。誠心のつくし合いが肝心だ(三一・五・二四)と、心の持ち方を注意されている。  信者が拷問を受けた金山事件には、仇も皆神の子供であり、兄弟の中の刃物三昧で一人でも傷つく者を出してはならぬと告訴を中止された(二六・六・二三および二七)。  浪花新聞の本教誹謗に対しても、子供が物をほしがるようなもので、道の者は「明日やる拵えてやる心ばえ」で通るよう。そして元のぢばに元のをやが踏ん張っているから理が伝わるのであり、心配はいらぬ(二八・一・四)。橋本事件については「万人の中一人以て防ぐは神の力、神の理」と、親神の親心あふれる神意と、ご守護の絶大さを示されている。  所詮、人間は親神のふところ住まいをしているのであり、この世は神のからだである。  対外的難問題に対処する場合も、このことを心に置いて立ち向かっていくことが肝要であると思われる。

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