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永神講の内菅原村講分離の御願(梅谷講社)

さあ/\尋ねる処/\、どんと分かろまい。どちらも分からんという。放って置けば分からん。よう聞き分けさせ。事情聞き分け。所という、国という、どうも一つの事情分からん。遠くの所、国々元々掛かり、元々の話、元々の理、どれだけ多く、他に思うようになる。諭し事情、一つの事情分からん。事情分かり難ない。どうしたならどうなる。一時に許す事出来ん。尽す事情あればあれもこれも尽しやい、互い/\尽しやい、運びやい、その上で下ろしてやる。一つあたゑやる。一つの理を二つにしてやる事出来ん。思うようになる。暫く第一元という、元々心を寄せてどんな道も付く。これはどうもならん。目前ひんずの事出来ぬ。遠くの処聞き分ければ大層であろまい。尽す運ぶ事情が楽しみ。
【説明】
(1) 菅原村は菅井村(京都府相楽郡)の誤りでないかと思われる(高野友治氏談)。 (2~6)今、一時に菅原村講 (7)を分離して、一つの理を二つにするということは許せない。見た目にも貧相になることはできない。元を忘れずに元に心を寄せることによって、あとあとどんな道もつくのであるから、今しばらく元へのつくし運びを楽しみにするように。互いにつくし合い、運び合いした上で将来許してやろう。
【摘要】
現在、本部直属教会については「天理教協規規定」に、大教会ならびに本部が特に承認した分教会は直属教会とされ(教規第三十八条)、また大教会については部属教会数五十以上で、よふぼくのうち教人三百人以上を有するもの(一般教会規定第二条)と規定されている。  現在の教会の昇級分離は、上の規定に従い願い出によって本部から許されているわけであるが、おさしづをいただいた時代(明治四十年まで)は、親神の方から、その教会関係者の身上を通して昇級分離を促され、それを契機として願い出て許された場合と、教会の方から親神に昇級分離をお願いして許された場合とある。  明治四十年までに分離を許された教会は七ヶ所あるが(菅原村講は永神講から分離を願い出たがお許しなかった)、そのうち日本橋・湖東・甲賀・水口・大県は前者に属し、中和・島ヶ原は講社に属する。  が、元より分離についての心の治め方は、前者についても後者についても同様であって、以上八カ所(菅原村講も含む)について、おさしづから分離についての治め方の要点を求めれば、次のように考えられる。 (1)教会の昇級分離は、分かれるのであって離れてしまうのではない。この理さえ心に治まれば、いつまでも十分治まる。 (2)本部直属となる十分な教勢のないものを分離するのはいけない。分離を考えるよりも、元へのつくし運びを楽しみに通れ。 (3)教会は皆ぢば一つから許されたもので、部属の教会・信者も、その修理肥えはぢばからするのである。部属先々に花が咲き実がのるのは、元のぢばからの修理肥えがあるからである。 (4)この道はぢば一つから始められたものであって、分教会(直属教会)も支教会(部属教会)も元は一つである。 (5)したがって分教会も支教会も、その理は同じであって、分教会としての理の治め方も、支教会としての理の治め方も同じ一つの事情である。 (6)教会は皆分教会(本部直属)となる理があるのであって、名称の理を下ろした時から、この事情ははじめかけてある。 (7)分教会に昇級して、なおかつ分教会の部属のままにしておくということは許せない。分教会に昇級を許されたら本部直属としての他の分教会と同じ理がある。 (8)上級と部属が昇級分離事情について、お互いに気が合わんと言っているのは双方に人間心があり、めんめん勝手の心が出るから、うまくいかないのである。 (9)日が経ち月が経ってみたら、なるほどさしづ通りになったという日があるから、さしづ通りに治めよ。 (10)神の方からどうせこうせと言っても、皆の心が親神の心に添い、揃わなければならないから、よく談じ合いをして定めよ。 (11)どうでもこうでもという、みんなの寄った精神の理に昇級分離を許そう。一手一つが神の望みである。互いに心を寄せる頼もしい心の理が、末代の理となるのである。 (12)分離しても、これまでのお互いの道を忘れんよう、兄弟としての心をもって心をもって仲良く通ることが肝心である。

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