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山本コマツ身上願

さあ/\尋ねる処/\、身上一つ事情は一時事情尋ねる。いかなる事であろうと言う。これまで重々諭したる。身上より一つ/\改め。一つ/\定め。何も分からんであろうまい。めん/\分からねば暇が要る。一つ/\改めて治まるなら、案じる事要らん。いつ/\までさしづは同じ事、重々の理に定めにゃならん。いつ願うても同じさしづやと。さしづばかりではならん。よう聞き分け。差し詰まりてはならん。一つ/\身の悩み、身の苦しみ、身の切なみから定めてくれるよう。案じる事要らん。

乳母の願
さあ/\尋ねる処、それはまあ内々事情に委せ置く。なれど何度出る入る。幾重事情あるによって、事情は内々めん/\から、どうでも成るに成らん事情から、こう成りたる。そこでよう聞き分け。何どういうもので更わる。二年三年でも与えるものなれど、めん/\の理によって出る、更わる。今一時尋ねる、それは理。内々事情に委せ置く。
【説明】
(1) 乳母として手伝いの人を雇い入れるけれども、幾度も出入りをせにゃならんようになるが、そのようになるのは内々事情から見せられて来ている。親神から、こうした人は二年でも三年でも与えていただけるものではあるが、それには家の内々の者の心に理が治まっていることが大切。
【摘要】
ここに雇用について見せていただくのは、いわゆる雇用の問題一般ではない。見出しの個所に明らかなように、家庭上の事柄にかかわる一つとして雇用の謂である。おさしづ割り書きでは、こうした事柄を指す者として“雇い人”“手伝い”“乳母”“子守”等の語をもって現われているのが大部分であるが、そこにうかがえるところを要約させていただくと、およそ次のごとく言えるかと思う。 (1) 手伝いの人を入れねばならぬほどに家の中が忙しくとも、不足の心をもってしてはいかんので、親神の守護の理に、よく心を致したたんのうの喜びを治めていることが、まず大切である。 (2) 単に手だすけになる、家事がたすかるとの思いではいけない。また、その人が単に間に合うとか間に合わんということで遇すべきものではない。その人を大切と思い、慈しみ、可愛がり、育てるという心が大切である。 (3) 手伝いの人が何度も出入りをして変わってもらわんならんとか、また、その人に身上・事情の徴をみせていただくなどについては、家の中の者も、よく理の治まりをつけてかかる心得が大切である。 (4) すなわちいんねんの理も聞き分けて心治まる、また治めてやる在り方・配慮をしなくてはならない。 (5) なお家庭の中に雇い人を受け入れるについての基礎的な心得としては、“皆同じ理”を心に治めていることが大切である。すなわち来てもらう側の人々も、来てくれる側のその人も、もともと親神の子供としては同じ理・一れつ兄弟の間柄にあるという理を、心に治めていることが大切なのである。

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