おさしず検索


山本利三郎小人あい願

さあ/\子供々々身の障り尋ねる。これまで話、めん/\世界諭し、身の処十五才まで第一の事情、子供取ったり育て子も育つ。情無い、うたていな/\思えば、理が回る。めん/\よく聞き分け。世上の理を見るも聞くも、聞いて居るであろう。人の子さえ大事に育てる理がある。日々の理、重々の理に諭して置く。案じは無いで。事情よく聞き分けてくれるよう。
【説明】
(1) 子供の身上障りを尋ねるから諭すが、これまでから諭しているように、十五歳までは親々のいんねんによる。子供は、育て子も育つのであるが、わが子でありながら情けないなあとか、うるさいなあとか思えば、その通り理が回って引き取られることになる。よくよく聞き分けてもらいたい。 (2) 人の子供でさえ大事に育てるので、理があるのである。日々の理、重々大切な理として諭しておく。
【摘要】
子供に関するおさしづを検索すると、次のような点が指摘されている。 一、 親と子の関係 (1) 子供は先祖の魂の生まれ更わりである。親が子となり子が親となり、互いに恩の報じ合いをして通るのである。  山沢さよ姉は祖母に当たる梶本ひさ姉の生まれ更わり、永尾たつゑ姉は永尾家三代前の母の生まれ更わり、増野道興氏は祖父庄兵衛氏の生まれ更わりである。  なお前生いんねん果たしができていなければ、そのいんねんを今生に持ち越す。また親がいんねん切りの道を通れば子供はしあわせになる。親がたすけ一条の道を通らなければいんねんは切れない。 (2) 嗣子はいんねんによって結ばれる。よい子を持つも、よくない子を持つも、すべていんねんによる。 (3) 子供は先祖から受け継いだ理を享けて通るものである。ただ一代限りだと思ってはならぬ。理は末代である。 二、 子供とは (1) 子供は各自持って生まれた徳分を持つ。子供が幾人いても神が引き受ける。 (2) 子供は十五歳まではおやのいんねん、すなわち十四歳以下は親のいんねん、先祖代々のいんねんを担うものであり、十五歳以上は本人の心遣いによる。現在教会本部で戴くおまもりは、十四歳以下は子供おまもりを戴く、十五歳以上は大人のおまもりを戴く。 (3) 子供は宝である。仮に今は宝のように思えなくとも、将来かけがえのない宝である。 三、 子供の身上 (1) 子供の患いは一家中の患いである。 (2) 子供の身上は、親の心遣いの投影である。山沢ミキノ姉の上げ下し、永尾たつゑ姉や梶本ミチ姉の夜泣きは、親の心の投影であると言われる。 (3) 子供の身上より心を定めよ。子供の身上は精神定めの台である。小児深谷景三の身上障りを通し、河原町分教会の事情定めによって、甲賀・水口・湖東の分離昇格が打ち出された。山名分教会の諸井政一氏の身上によって後継者問題が再確認された。 (4) 親にとって子供は可愛いものである。わが子の身上を通し、理の親たるの心をしっかり定めるよう。 四、 子供のない場合 (1) 子供の授からないのは前生いんねんによる。与えられた境遇をたんのうして通ること。 (2) 子供があたわらないのは自分らに、そのあたえがないからであり、しっかり徳を積むよう。 (3) 道を通れば理の子供があたわる。心に思い残すことのないよう勇んで通ること。

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