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内務省社寺局より浪花新聞の件に付申し来たりしより、橋本清上京に付伺

さあ/\事情尋ねる処、いかなる事情も尋ねる。事情もって尋ねる。事情一寸どういう事であろう。何にも案じる事も要らん。これだけ拡がり、世界どんな事を言う。訳の分からん子供頑是無い子供が、欲うて/\ならん。怖わい事も何にも無い。心を悠っくり持って、物をやるにも明日やる拵えてやる心ばえ。何程無理を言う奴言わし、風吹くようなもの。東風も吹く、西風も吹く。元々のぢば、元のをやが踏ん張って居るから、だん/\理が聞こえる。元を出して触れ廻る。こう言えばこう。今一時出越す処諭しよう。物事急いていかん。おめも恐れも要らん。行って談示をして善い/\と言えば善いので、善いで一つ理が定まる。それより理が切るものである。理を取って了うたらそれ切り。事情一時に持って、一つの心治めてくれるがよい。さあ/\遠い所一つ元々の理を互いに、事情速やか許そう/\。
【説明】
(1) お道もこれだけ広がって来たので、世界からどのようなことも言うて来るが、それは、訳のわからん頑是ない子供が物をほしがって、駄々をこねているようなもので何も怖いことはない。心をゆっくり持って、物を人にやるにも前日から準備をして十分先方を喜ばす心構えが大切である。どんなに無理を言うて来ても、言う奴には言わしておけばよい。それはちょうど風が吹くようなもので、東風も吹けば西風も吹くようなものである。しかし、元のぢばに元の親が踏ん張っているからこそ、だんだん天の理が聞こえるのである。どんな風も元の理を宣伝してくれているようなものである。 (2) 物事は急いではいかん。おめも恐れもいらん。社寺局へいって示談をして、その上で先方の言うことに、はいはいと言ってくればよい。そういう心に守護の理が定まる。 \n\n (1) 明治二十九年三月九日教祖十年祭を執行するので、明治二十七、八年頃は教内一丸となってとなって飛躍的進展を見た。ところが一方二十七、八年頃より本教に対する中傷記事が都新聞・二六新報などに出た。このさしづは内務省社寺局より浪花新聞の記事について質問あり、橋本氏が上京する際の伺いである。 新聞の記事について質問あり、橋本氏が上京する際の伺いである。 (2) 本教が非常な勢いで広がっていくので世上では、どんな風評もたてるであろう。これは訳のわからぬ子供、頑是ない子供が物をほしがるようなものである。怖いことも恐ろしいこともない。心急がず、物をやるにも明日揃えてやろう拵えてやろうというぐらいの気構えでおればよい。無理を言う者には言わせるがよい。風が吹くようなもので東風も吹けば西風も吹く。元のぢばに親が踏ん張っているから、だんだん天の理が伝わるのである。新聞報道は元の理を触れ回るようなものだ。先方がこうと言えば、なるほどと言うておくがよい。今回出向いていくに当たって諭しておこう。物事は急いではならぬ。物おじする必要もない。行ってよく談じ合いをし、先方の言うことに素直に、はいはいと言うておくがよい。それよりほかに適当な方法もなかろう。心のつながりを切ってしまうことになる。そうなればそれっきりだ。今回の事情は一時の辛抱だと、心に治めてもらいたい。遠方へ行くに当たり、元の理を互いに心に治めるよう。
【摘要】
(1) 官憲の干渉は教内を掃除するふしであって「泥水をすっきり流してしまう」ようなものである。したがってそれは官憲の取り調べを受けているのではなく、親神が「取り調べさす」のである。 (2) 官憲だからと言って、決して、おめ恐れることはない。この道は何もないところから、幾多のふしを通って今日の道になっているのである。 (3) 官憲に対する時は、この世始めた元なるぢばに元のをやが踏ん張っているのだ、ということを心に治めて行くがよい。 (4) この道に反対する者も、親神の目から見れば、皆可愛いわが子である。したがって、お互いは皆、神の子であり兄弟である。たとえ取り調べに当たって、拷問を加えるような仇と思えるようなものに対しても、兄弟の理を治めて告訴などしてはならぬ。 (5) 官憲が、いかんと言えば「ハイ」、ならんと言えば「ハイ」と言うておけ。それによって、一つの理が定まるのである。神はどんなことも見ている。 (6) 教えの理を曲げてくるが、曲げたら曲げただけ、今後道の理が伸びて行くのである。 (7) 官憲の干渉によって教義や祭儀の変更を余儀なくさせられるが、子供可愛い親心の上から一時許すのである。 (8) 官憲の干渉を受けた時こそ、お互いが真実の兄弟であるという理を心に治めて、道の上に「一つの理の台」を作るべき大切な時である。心さえつなぎ合えば、道は開けて行くのである。 \n\n  おさしづには出張、派出、巡教、巡回など、外へ出向いていくについての伺いが割合多い。出張に関しても対外的出張と対内的出張とに分けることができる。体内的とは教内・教会先々への出張である。  さて「教外出張」として扱う対外的出張でおさしづに多いのは、明治二十一年の東京仮本部設置に当たっての上京伺い、また神道本部局への出張、および明治三十二年より始まる一派独立運動のための出張である。ところで、ここに事例として挙げたおさしづは個々に、それぞれ問題点を含んでいるので一括して要約することは難しい。むしろ個々のおさしづに現れた、それぞれの神意を理解することが適当であると思われる。教外出張に当たっては、信者取締りもあれば、事件解決のための出張もあれば、地震や火事見舞いもある。  滋賀県下信者取締りに出向くに当たっては、生涯末代の理をつくらせていただくという心構えでいくよう(二二・一二・一四)仰せられ、濃尾大地震には、早く運べ、真実を受け取る(二四・十・三一)、伊勢火事見舞いでは、道の理は誠心よりない。誠心のつくし合いが肝心だ(三一・五・二四)と、心の持ち方を注意されている。  信者が拷問を受けた金山事件には、仇も皆神の子供であり、兄弟の中の刃物三昧で一人でも傷つく者を出してはならぬと告訴を中止された(二六・六・二三および二七)。  浪花新聞の本教誹謗に対しても、子供が物をほしがるようなもので、道の者は「明日やる拵えてやる心ばえ」で通るよう。そして元のぢばに元のをやが踏ん張っているから理が伝わるのであり、心配はいらぬ(二八・一・四)。橋本事件については「万人の中一人以て防ぐは神の力、神の理」と、親神の親心あふれる神意と、ご守護の絶大さを示されている。  所詮、人間は親神のふところ住まいをしているのであり、この世は神のからだである。  対外的難問題に対処する場合も、このことを心に置いて立ち向かっていくことが肝要であると思われる。

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