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東分教会治め方の願

さあ/\一時尋ねる処、これ十分の理あって十分あり、心に治め居る。治め居る間は道のため世界のため、ほんに成程現われる。教会の事情判然せん。いかなるも諭し、その事情から治まるであろ。一度よい二度よい、三度よい。又一年はよい、二年はよい、三年はよい。追い延ばし先で分かるやろ。皆一つの理を、世界治めるから世界という一つの理と齟齬なる。見を悩め/\て一つ改めさす。どうなる知らんこうなる知らん。一時事情諭する。身上障りである。一つ戻り又戻り、第一の理に掛かり来れば、治まるの事情もして諭しの事情もしてくれるよう。
【説明】
(1~3)明治の新政が布かれ、立身成功を求めて人々が潮のように押し寄せる東京で、はなばなしい布教活動を展開した。上原佐助氏(東分教会初代会長)が、一方ではあさましい人間心のねたみ、そねみも受けたのも無理ではない(上原義彦本部員談)。そのような背景のもと、資力を持ち、容姿すぐれ、弁舌さわやかな某氏が、会長不信任を鳴らし、これに取って代わろうとの野心を次第にむき出しにするようになった(「東大教会史・第一巻」)。 この東の内訌は五年に及び、その間のおさしづは二十八回。 先では分かるだろうし、某氏の身を悩めても改めさせる、とのおさしづである。
【摘要】
(1) 建設中に教会が倒れるなどのふしがあっても、たんのうして、むしろ心を定めて通ることが大切。先には大きな楽しみの道がある。 (2) その他教会長を辞退したいという場合にも、よく考えることである。絶望的に見える事情にも、必ず解決の望みがある。 (3) そこで会長を辞職したいという場合には、代わる代わる足を運んで諭してやれ。三度までは説得に足を運んでやれ。 (4) そこまでしても、やめたいという場合には仕方がない、惜しいものだが。後任会長には丹精をつくしたものを運ぶ。 (5) 何かの都合で会長排斥運動などが起こったような場合、あくまでも元一日を考えて、天の理で治めることである。元々の理を捨てたなら、株たを捨てたようなことになる。 しかし、そのような場合、会長の方も人間心を混ぜ合わせていないか反省せねばならぬところがある。そして、あくまでも広く大きい心で育てることである。 (6) 会長辞職問題などが起こった時、上級教会などで心配するのも無理はない。しかし自分が病気になることを思えば大したことはない。 (7) このような問題に当たる時、何もない所から始まったのだ、ということを考えたら、必ず事情解決のご守護がいただける。また、どんなに見通しが暗くとも、必ず鮮やかなご守護がいただけるのだから、真実の心でかかれ。

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