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増野いと居所障り日々一時に痛みては下り、小人おとも口中怪我して熱差し、夜々泣きて困るに付願

さあ/\尋ねる事情/\、いつ/\事情、身上判然せん/\。いつになりたら/\、さあ/\一つ小人又小人、皆んな同じ事情、どういう事何よの事、前々より伝えてある理、こう身上に掛かればどうなる知らんと思う。身上案じる事は要らん。これまでどういう処遙々の所思わず、道の遠い国の遠い、皆んな為すいんねんの理を以て為す事、集まる理を以て治めてみるがよい。身上は案じる事要らん。案じると善き事を捨てゝ切なみより思わん。又一つにはだん/\の話多くの中、それ/\の事情日々取り扱う。取り運ぶ処の事情一寸掛かる。改めて諭すによって、又々の席を以て事情という。

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さあ/\尋ねる処/\、よう/\一つの理を尋ねる。大半分かりあって又一つ事情、居所分からんという処の理、日々遠く所どんな事情、何程遠い所、一つ最初掛かり掛かり、だん/\事情経ち年限経ち、皆経ち来たる処、とんとどうでもよいと思わず、どちらもそうすればよい。為す事いんねんという、一つの理を持たにゃならん。これ聞き分けたら、何も思う事は要らん。
【説明】
増野糸、本部員、増野正兵衛夫人。 増野糸居所(痔)の患いも、小人(子供)おともの口中の患いも、皆同じ事情である。これまで、不便な遠方であることを苦にせずに、道の遠い国の遠い者がおぢばに引き寄せられて一緒につとめさせていただくのは、みんななすいんねんの理をもってすることを思案して、治めてみるがよいという意味で、小人が口内けがし熱さすのは、おぢばにつとめる者が、内々お互いにすれ合うことなく、治めて行くようにと指示されたであろう。婦人会はじめかけ(明治三十一年三月二十五日)のおさしづが、増野糸身上(痔)願いにはじまっていることと、このおさしづとを考え合わすと極めて興味深い者がある。 増野糸、本部員増野正兵衛夫人。身上はっきりせず、何時になったら、よくなろうと思う。その上、子供が身上になったが、皆同じ事情からである。 これまでどういう不便な所遠い所にかかわらず道の遠い国々よりおぢばにひきよせられたのは、因縁の理をもってなされたことで、おぢばに集まる因縁の理を思案して治めてみるのがよい。という意味で、小人の夜泣きは、道の子がおぢばに引きよせられる因縁の理を十分心におさめないことについての親神様のくどきを指示されたのであろう。
【摘要】
『口』については、内々(家内、親類、教内、おぢばに勤める者)が良く談じ合って治めるようにというおさとしが多い。口は、物をいうところであり、且つ飲食物を体内におさめる入口であることを思案すれば、良く談じ合って、内々治めよというおさとしの意味が納得されるであろう。 子供の夜泣きは 子のよなきをもふ心ハちがうでな こがなくでなかみのくどきや    三 29 のお歌で示されるように、親神様のくどきであるが、その原因は (1)十分いんねんの理を理解せず、日々をたんのうして通れない。 (2)帰参する道の子に十分の満足をあたえることが出来ない。 (3)親が子供の将来を心配して、現在通らせていただく道を不足する。 (4)理にもとづいて、もう一段しっかりした心定めが出来ない。 こと等、成人のもどかしさについてである。

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