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諸井国三郎渡台に付、部下重立ちたる者分教会に集まり御神前に御勤をなし直会頂戴の最中三才の小人身上一時迫りしに付願(十三日夜の事)

さあ/\尋ねる事情/\、前々事情速やか許したる。だん/\よう/\の道を整え運んで、さあという一時の際、小人身上心得んという。心得んから尋ねる。尋ねるから諭そう。よく聞き取れ/\。国を立つ一時多くの中楽しみもあれば、又中にほっと思う者もある。よう聞き取れ。道のため教一つの理を聞いて定めた精神一つの理は末代という。この理をしっかり心に治め、辺所立ち越す処、勇んで/\どういう事もこういう事も、一度定めた理は末代の理という。さあ/\皆々それ/\治めてくれ。

永井藤平同行の願
さあ/\精神さえこうと言えば、明らかなもの。こうという精神あるなら、勇んで勇んで。さあ/\皆んな心に委せ置こう。
【説明】
(1) 国を出発するに際して、部下の者たちの中には、勇んでいるものあるし勇めない者もあるが、よく聞き取れ。たすけ一条の道のため、この教えの理を聞いて定めた精神こそは末代である。この理をしっかり心に治め、辺鄙な所へ出発するに際して、どういうことがあっても勇んで行け。一度定めた理は末代の理である。皆のものも、それぞれこの精神を治めてくれ。 \n\n (1) 今国を立つに当たって、多くのものの中には結構と思っているものもあれば、中にはどうかと思っているものもある。お道のために教えを聞いて定めた精神の理は末代のものである。この理をしっかり心に治めて、僻遠の地に出発するに当たっては、勇んで取りかかるなら、この一度定めた理は末代の理となる。
【摘要】
布教に関するおさしづは多くない。 これは、布教ということが当然のことであって、特におさしづをいただくべき事柄ではなかったためであろう。布教の心得を要約すれば次の通りである。 (1) 布教に行くのは暇つぶしに行くというのではなく、確乎たる精神が必要である。一人の人が真実の精神を定めることにより一国でも道がつく。 (2) 身上かりものの理を聞きわけて、親神にもたれ、いかなる所へも勇んで行き、先案じせずに通れ。 (3) 人間は月日親神の懐住まいをしているのであるから、どこにおっても同じこと。親神様、教祖がついているから心配はない。 (4) ふしがあっても精神を倒すな。再三再四道がつくまで頑張れ。ふしから栄えるのである。 (5) おぢばで勤めるのも地方で布教するのも、その人のいんねん次第である。 (6) いんねんによっては、布教に出たものも引き戻される。 (7) 教会長夫人は、よく教会の内部を治めてから布教に行け。治まらないままに布教に行くのはよくない。 \n\n  教会史を読ませていただくと、ほとんどの大きな教会は一度二度と、厳しい財政的な窮状を通りぬけて来ている。教会が財政的に困難な事情に面して、直接その問題についておさしづを仰ぐということは、非常に少ないようである。しかし、そのようなのっぴきならぬ苦しい事情の最中にあって、身上を通して会長、あるいはその家族、また役員などにおさしづを頂いているのが、かなりある。すなわち、そのおさしづに基づいて理に徹しきるところから、当面する教会の財政上困難な事情も解決を見、また身上のご守護もいただくという場合が多い。本項では、既に取り上げられているおさしづを除いて、いくつか教会史に照らして取り上げさせていただいた。  それらのおさしづの内容を要約させていただくと、 (1) 先案じせずにたんのうして通らせてもらう (2) たすけ合いの心で一手一つに心をつなぐ (3) 大きな心になって将来を楽しんで通る (4) どうなってもという一つの心(踏ん張る心)を治める (5) 運んだ理のこうのうは末代の理であると悟る このようなことが大切であると教えられている。

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