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松村吉太郎喉息詰まり身上願

さあ/\尋ねる事情/\、どうもこれ身上にて日々に堪えられん。事無くして時々に身に一つ堪えられん。事情尋ねる。皆心という理、どんと定めてくれ。大き心定めて、皆それ/\他に事情治まりたら、又身上一時どうしてこうして/\、どうこう運び、どう運び、心の思案日々堪えられん事情、事情堪えられんと言う。身が堪えられねば治められん。身上に掛かれば、そこ退けにせにゃならん。心にとんと定め。よう聞き分け。身に掛かりたら放って置かにゃならん。どんと又一つ入る出る、入る出る。この迫るというこの事情、大き持ってどうやこうや、この事情大きいと言う。どんな事でも、応そう/\という、大きい心持たにゃならん。小さい心、必ず思わず、世界という心、道という心に成れ。これ一つ諭し置こう。身は案じる事要らんで。
【説明】
(1) たくさんの人が出入りし、多額の金銭が出入りするこの時に、咽喉のせまる事情となってきた。どんなことでも大きい心をもって通ることである。世界治める真実の道という、大きな心になって道を通る心になるように。  当時わが国は明治二十七・八年の日清戦争のあとをうけ、戦争には勝ったものの内は疲弊し、世は不景気のどん底に落ち込んでいた。かてて加えて、明治二十九年四月六日には、内務省訓令(秘密訓令)が各府県に発せられ、本教に対する取締りは非常にきびしくなった。しかも、その訓令の中には寄付金募集を取り締まる一項もあり、初代会長も最初は教会の普請に着手することを見合わせようとしたが、心を決して初志の貫徹を誓った。しかし金はなく、また寄付金の募集はできないというので、重なる役員の中には、教会へ近寄れば金がいるからというので顔出ししないものもあったという。その苦境の中にあって、初代会長は金策のため、夜もゆっくり寝られないほどであった(「高安大教会史・上巻」参照)。
【摘要】
教会史を読ませていただくと、ほとんどの大きな教会は一度二度と、厳しい財政的な窮状を通りぬけて来ている。教会が財政的に困難な事情に面して、直接その問題についておさしづを仰ぐということは、非常に少ないようである。しかし、そのようなのっぴきならぬ苦しい事情の最中にあって、身上を通して会長、あるいはその家族、また役員などにおさしづを頂いているのが、かなりある。すなわち、そのおさしづに基づいて理に徹しきるところから、当面する教会の財政上困難な事情も解決を見、また身上のご守護もいただくという場合が多い。本項では、既に取り上げられているおさしづを除いて、いくつか教会史に照らして取り上げさせていただいた。  それらのおさしづの内容を要約させていただくと、 (1) 先案じせずにたんのうして通らせてもらう (2) たすけ合いの心で一手一つに心をつなぐ (3) 大きな心になって将来を楽しんで通る (4) どうなってもという一つの心(踏ん張る心)を治める (5) 運んだ理のこうのうは末代の理であると悟る このようなことが大切であると教えられている。

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