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増野正兵衞身上播州より帰りての願

さあ/\いずれ/\道を通る。同じ道を通る。どういうものであろう。身上に一つ障りあり、先々は治まりてある。さあ/\神一条の道は、表と裏とある。裏の道は誠の道、一つさあ/\日々に運ぶ処は、誠というは通り難くいものである。陰の道は難しい道、表の道は通りよい。世界の道は通り、通り難くい神の道は内、表と裏との道である。内に運ぶ人が少のうてならん。これをよく、世上にやないで、心に定めてくれねばならん。
【説明】
(1) 神一条の道には表と裏がある。表の道は通りよいが裏の道は難しい。しかし、うちで勤める人が少なくてはならない。これを心に定めて、うちで勤めるように。
【摘要】
生活水準の上昇に伴い、道一条の生活は一層困難であるという見方もある。しかし何といっても道一条の生活こそ、親神の度々の理に受け取って頂く道である。  これは全く、その人のいんねんによるのである。いかに反対であっても、旬が来たならば待ったなしに、そうならざるを得ないのである。  お道に財産をつくすことはいんねんを洗いかえるためである。その際反対に会い、また本人も不安に思うであろうが、そのために教祖のひながたが示されてあるのであり、教祖の理にもたれて通るならば、やがて闇夜が明けるような道に出ることが出来る。  いんねんならば、お道を通らなくても財産を失うようになるのであり、お道になったから財産を失ったというのではなく、失うべき旬が来たのでお道に手引きしていただいたと悟るべきである。  道一条を通る者は、 (1) いんねんの自覚とその洗いかえ (2) をやにもたれてをやのひながたをふむ (3) おさづけを取り次ぐ (4) だめの教えたるゆえんをよく治める (5) 将来を楽しむ ことが大切である。

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