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撫養分教会長以前だん/\のおさしづにより運び方に付、分教会長を譲りたら宜しきや、又旬が来たらんや人間心で分かり兼ねますに付願

さあ/\尋ねる事情/\だん/\事情、身上という事情一つ尋ねば、追々一つ順序さしづ及んである。心というは、さしづ以て理を思えば、案じるようでも、案じる事要らん。このさしづよう聞き分けにゃならん、取りようで変わる。さしづに濁り要らん。濁り有りては理が変わる。変わればさしづにならん。尋ねるさしづ、尋ねる道理はそら心にある。順序という、よう/\という処、よう/\治まって日柄安心出けん。日柄安心、心にある。案じれば何ぼうでも案じにゃならん。心定めば案じる事要らん。又々心に理があれば思う。又思うは理である。なれど旬という時と言う。案じる事要らん。めん/\身上速やか鮮やかならん。そこで濁りある。濁りあれば外に事情、先の案じは濁りになる。濁りは安心ならん。安心ならんさしづあらせん。さしづに濁り差すと変わる。案じんよう。心配要らん。これは道であると定めば、一つも案じる事要らん。皆年限ある。そら思てはならん。めん/\暫く、真を定めてこうと又尋ね。
【説明】
(1) 会長を譲っても大丈夫であろうか、どうであろうかと心配を始めたら、いくらでも心配せねばならない。心定めさえしたら、心配はいらない。心配するのも無理はないが、ものには旬がある。心配はいらない。
【摘要】
名称の理は末代と言われる。しかし、その芯となるべき会長は、旬を見て担任変更せねばならない。  現会長が世間の人の気もつかない間に、いつの間にか新会長と変わり、しかもそのふしから一層盛大な教会へとご守護いただくのが理想である。とは言っても、その時期は非常に難しい。長い間経験を積んだ会長に比べると新しく会長となるべき人は、いかにも、ひ弱に見えるから、もう少しあとでと考えている間に旬を失うことになりやすい。  そこで、この時期をめぐる問題について、おさしづをひもといてみた。  その時期は、 ①現会長の存命中に譲れば本当に楽しみであり、現会長の元気な間に譲るのが天の理。 ②具体的には皆がもうよいという時期。まだまだ早いというようなら時期尚早。 ③旬をはずしたら、天よりの綱をはずすようなもの。  その場合にも、上級教会に七分、自分の教会に三分、というような勤め方をして、やがて旬を見て担任の変更をする、というような道がある。担任を変更する場合、 ①教会長となる人は、何もかもできる人でなくともよい。 ②役員にあとを頼むと言えば、皆の心が寄る。 ③理は変わらないのだから、新会長を中心に皆が心を結ぶことが大切。  人間の情として担任変更をすれば、今まで非常に忙しかったのが急に閑になるから、寂しい思いをするのではないか、という心配がある。  しかし、いつまでも「俺が、俺が」と言っていても、病気になってしまっては仕方がない。後任に教会を譲って、楽という道を通れ、とやさしくねぎらわれている。  そして相談柱としての道を通れ、と言われるのである。

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