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松村ノブ昨二日俄かに気がのぼせて倒れしに付、如何の儀知らせ下されしや願、且つ長男義孝夜分に非常に咳きますに付願

さあ/\尋ねる事情/\、身上にどうも一時心得ん。又一つ事情、小人一つ事情、さあ/\一時もうどういう事であろう。理を尋ねる。尋ねるから一つ事情諭し置く。身上という、思い掛け無く、どういう事と思う。だん/\これまで事情、どういう事も諭してある。諭したる一つ理というは、この道は天然という理諭しある。元という理から、天然という道に基づいて道という。よう聞き分け。前々から思えば、天然でなくばならん、と治めにゃならん。前一寸分からん。何が間違うてある、彼が間違うてある。尋ねる小人事情、何か順序時々理を諭す。諭は、よう胸に治め。天然で成る道、どういう事もこういう事も、どんな辛い事も、ほんにそうや、そうやなあ、と心に治め。この理治め、以て、たんのうの理治めるなら、身上の理は案じる事要らん、これをよう聞き分けて治めてくれ。

押して、元という処仰せ下されましたが、分教会の内らの事でありますや
さあ/\何よの事も、尋ね掛けたら諭す。諭せば一つ/\分かる。何か思い出して、ほんに天然である。天然というは、急いてはならん/\。よう察してくれ。天然という理以てあちらこちら、どうなるも天然、こうなるも天然。たんのう心に治め。心に、おらどうと思えば、天然と言えん。さあ/\身上案じる事要らん。案じてはならんで。
【説明】
松村のぶ、高安大教会初代会長夫人。 道のかかり(元)より天然に御守護頂き今日に及んだことを思案し、どうなるも、こうなるも親神様のなさることであると、たんのうの心をおさめよという意味で、「のぼせ」は、我が身思案より先案じして、おれはどうと思ってはならないと指示されたのであろう。
【摘要】
頭についてのおさしづを要約すると、人間思案(特に高慢の心)を捨て、親神の思し召しに素直にそいきり、幾重の中もたんのうして通れという意味のものが多いように思う。一言にして申せば、理の考え違いを戒めていられるように思う。考え違いを引き起こすもとは、めいめいの欲の心であり、何について理の考え違いをしたかは、その人のいんねんによるのである。身上かしもの・かりものの理をよく思案し、教祖のひながたをしのび、自分がおたすけいただいた最初の道すがらを忘れずに通れば、考え違いがなくなり、日々たんのうの心がおさまり、陽気ぐらしができるであろう。

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