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甲賀支教会長実父山田太良平七十二才身上願

さあ/\尋ねる事情/\、身上一つさあ/\心治まらん/\、事情尋ねる。尋ねるから、又一つさしづに及ぶ。身の処これまで/\長らく/\の事情、長い道筋という、いかなる理と一つ思う。さあ/\年取れたる者と言う。又心々の名称というは、容易では行かん道を通り来た。又人間というは、たゞ一代と思うてはならん。一代と言うやない。同じ生まれ更わり/\ある。よう聞き分け。子孫理を伝うて来る。人というものは、親子兄弟よく似たるなあと言うて居れど、そら知らん。そこで便り早く聞かせ。楽しませ。さあ/\早く心に便りを楽しましてくれるよう。
【説明】
(1) 山田太良平氏 本部員・甲賀大教会初代会長山田田右衛門氏の実父。この日出直す。 (2) 人間というものは、ただ一代限りだと思ってはならぬ。理は末代であり、生まれ更わり出更わりするのである。この点を、よく聞き分けてもらいたい。子孫は先祖から受け継いだ理を伝って、その理を享けていくのである。親子でも兄弟でも顔形がよく似ているなあと、よく言うけれどそれは知らぬ。しかし人間は、生まれ更わり出更わりするのであるから、早く生まれ更わってくるよう聞かせ、楽しませてやれ。
【摘要】
子供に関するおさしづを検索すると、次のような点が指摘されている。 一、 親と子の関係 (1) 子供は先祖の魂の生まれ更わりである。親が子となり子が親となり、互いに恩の報じ合いをして通るのである。  山沢さよ姉は祖母に当たる梶本ひさ姉の生まれ更わり、永尾たつゑ姉は永尾家三代前の母の生まれ更わり、増野道興氏は祖父庄兵衛氏の生まれ更わりである。  なお前生いんねん果たしができていなければ、そのいんねんを今生に持ち越す。また親がいんねん切りの道を通れば子供はしあわせになる。親がたすけ一条の道を通らなければいんねんは切れない。 (2) 嗣子はいんねんによって結ばれる。よい子を持つも、よくない子を持つも、すべていんねんによる。 (3) 子供は先祖から受け継いだ理を享けて通るものである。ただ一代限りだと思ってはならぬ。理は末代である。 二、 子供とは (1) 子供は各自持って生まれた徳分を持つ。子供が幾人いても神が引き受ける。 (2) 子供は十五歳まではおやのいんねん、すなわち十四歳以下は親のいんねん、先祖代々のいんねんを担うものであり、十五歳以上は本人の心遣いによる。現在教会本部で戴くおまもりは、十四歳以下は子供おまもりを戴く、十五歳以上は大人のおまもりを戴く。 (3) 子供は宝である。仮に今は宝のように思えなくとも、将来かけがえのない宝である。 三、 子供の身上 (1) 子供の患いは一家中の患いである。 (2) 子供の身上は、親の心遣いの投影である。山沢ミキノ姉の上げ下し、永尾たつゑ姉や梶本ミチ姉の夜泣きは、親の心の投影であると言われる。 (3) 子供の身上より心を定めよ。子供の身上は精神定めの台である。小児深谷景三の身上障りを通し、河原町分教会の事情定めによって、甲賀・水口・湖東の分離昇格が打ち出された。山名分教会の諸井政一氏の身上によって後継者問題が再確認された。 (4) 親にとって子供は可愛いものである。わが子の身上を通し、理の親たるの心をしっかり定めるよう。 四、 子供のない場合 (1) 子供の授からないのは前生いんねんによる。与えられた境遇をたんのうして通ること。 (2) 子供があたわらないのは自分らに、そのあたえがないからであり、しっかり徳を積むよう。 (3) 道を通れば理の子供があたわる。心に思い残すことのないよう勇んで通ること。

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