おさしず検索


増井りん御守り拵える時に九つという処は、以前千人を一勤と聞かして貰て居りますがそこで千の内で九つでありますか、又は夏冬共御召し下されて御下げ頂きます数その中で九つでありまするか、この処願

さあ/\尋ねにゃならん/\。尋ねにゃならんというはどういうものなら、分からず/\ではどうもならん。存命皆んなの中一つ、何から何まで/\芯と言うて順序授け置いたる/\。皆人間心でどうもならん。人間心で通りて来た。そこでどうでもこうでも、道大きく成る程、道改めにゃならん。改めにゃならんから、順序諭し掛けた。数々なか/\沢山あれど、出して了たら無くなる/\。どれも同じ事、幾つ千ずつ繋いでするも、又夏物冬物と言うてするも同じ事。守り/\は同じ理。そこで九つ一つどうでもこうでも立てにゃならん。守り幾つ何ぼうの中、どうでもこうでも九つという理を留めにゃならん。

四名の老女方手伝いして居る処は、これまで通りで宜しう御座りますや
さあ/\何か尋ねにゃならん。一つ/\さしづすれど、さしづまでのもの。なれど、これから尋ねる。尋ねば守るはさしづ。さしづは教祖存命同じ事、守り九つ治め、後々手空きの者、女という誰彼は無い。ぜん/\忙わしなる時、後々の者出けんと言うてはならんで。手空きの者は皆せにゃならん。女このやしきへ入り込んでる者、手伝わす/\。遊んでる手は要らん。だん/\世界広くなれば、ぢばにも広くなる広くなる。理を治め。又そんならと言うて誰彼と言うた処が、庭掃いてる者も、又農行きという、こらいかん。それはそれで用がある。皆だん/\運んだる者引き寄せたる。又、ようせん者にせいと言うた処が、そら無理というようなもの。これだけ諭したら分かる。

着物拵えさして貰います時にも、一針なりとさして貰います事でありますや
さあ/\それはもう脱ぎ更えの時、これまでの処ほどいて了て守りと言う。一つ赤衣と言うて、心あって供える者もある/\。又中にも内々せにゃならん。その時針の芯と言うてあれば、一針なりと掛けにゃならん。さあ/\ちゃんと三方の中へ供え、又ほどく時幾つ何ぼう、長き数何ぼう、これはこれだけはっちゃ出けんと、ちゃんと積もり上げて、針の芯というは、何から何まで心得くれにゃならん。

御息のおさづけの時、おさしづの中に一二三という処はどういう事でありますや押して願
さあ/\悟りが付かにゃ諭そ。本部員々々々という中に、一二三どういう事と言うたる。この理聞き分け。一二三という。だん/\区域あって言うように思う。一二三というは、中に、中々一二三争うた人である。何も区域無きもの。この理悟れ。悟り違ては大い間違いあるものである。分かったか/\。分からにゃ尋ね/\。

御諭しの事話してる処へ
未だ違う。間違う。何が何役という名は無い/\。勝手に付けたもの。このぢばへ尽した運んだ者引き出して居る中、高い低いは無い。一列隔て無いは、教祖の道と言う。高い低いの隔て無いは、教祖の道と言う。これで分かったやろ。

りん以前教祖より赤衣頂き御座りますのをおたすけの時着ます事でありますか
さあ/\これも尋ねにゃ分からん。皆赤衣下げたと言う。真実と実と言う/\。もう切ない中と言えば、もう一つのさづけ、いつというその理は赤衣召し、心にちゃんと肌に付けて、これはそれ/\型もある/\。

大層悩みの時着けさして貰いますと願
さあ/\もうこれ成らんという時、そんなら何処彼処無しという事出けん。又遠く中とも言う。それ/\中どうもなあという事あったら、肌に付けて早々運んでやらにゃならん。
【説明】
(1) 赤衣はたくさんあっても、おまもりとして出してしまえばなくなってしまう。そこで赤衣を仕立ててお供えするのであるが、赤衣の理は皆同じである。また、千ずつしないでも、おまもりは皆同じ理であって、夏もので作っても、冬もので作っても理に変わりはない。そこでおまもりをこしらえるに当たって、どうでも九つの理を立てなければならない。おまもりは幾つ何ぼうとも、必ず九つと言う理を心に留めてくれねばならぬ。  九つという理は、赤衣を縫う際、単物を九つに裁断すること。九つの道具の理を現わしていると思われる。 (2) 赤衣を脱ぎ替えていただくとき、それをほどいて、これまでもおまもりを作ってきた。赤衣をお召し願いたい、と供えるものもあるが、本部の内々でも作らねばならない。その時、針の芯(増井りん姉)と言うてあるのだから、たとえ一針なりとかけてくれねばならない。赤衣は、ちゃんと三方の中へ供えて、教祖にお召しいただき、また、ほどく時も幾つおまもりができると見積もりするように。針の芯として何から何まで、心得てやってくれねばならない。
【摘要】
(1) おまもりは、ぢばへ帰った証拠として、一名一人の心にお下げいただく(十五歳未満の者は両親、または親に該当する者が付き添うこと。ただし両親であれば、本人が帰っていなくとも代わって戴くことができる)。 (2) おまもりは「悪難除けのため」授けられる(心の守りが身の守りと教えられている)。 (3) おまもりは、存命の教祖にお召しいただいた赤衣様をお下げいただく(したがって、常に肌身離さずに身につけさせていただくようにする)。 (4) 「人が代わって」おまもりを他人が譲り受けることはできない。本人が出直した時は、内々の大切な宝として祀らせていただく(家族の者が新しい紙に包み替え、名前を書いて祀らせていただく。焼いたり埋めたりしないように)。

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