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兵神分教会長富田伜米太郎長男米雄生後九十日咽喉身上願

さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ/\これ待ち兼ね待ちに焦がれし一つ理事情。一つ心という、日々の処一つ/\堪ゆるに堪えられん一つ理、小児の処日々の事情、まあ/\余程大層事情。何が違う彼が違う、どれがいかんこれがいかん、一時の処あろうまい。小児の処待ち兼ねた。子供楽しみは日々の理、中に一つこうなあ、一つ理これは堪ゆるに堪えられん。何よの事情よう聞き分け。世界日々という、皆々の理、道の上からどういうものと思うは日々の心であろう。一つ事情余程の事情大層、待ちに焦がれし事情なれど、何よの事情も眺めて見れば一つ事情、この一つ事情よう定めてくれ/\。

押して、いんねんという処で御座りますか、又、道の上には何お知らせ下さるもので御座りますか
さあ/\尋ね返やせば一つ理諭し返やす。いかなる事も聞き分けにゃ分からん。めん/\小児と言えば、一つ外々の心もあろう。めん/\その中に皆々どうこう、又中には一つ/\これ多くの中である。これ一つの理たんのう、事情同じ事と言えば、一日の日を定めてくれにゃならん。
【説明】
子供の身上は日々知らぬ間に積み重ねた不足の心のためで、何が違うかが違う、どれがいかんこれがいかんという一時の心得違いのためではない。楽しんで日々暮らすことが大切で、一つこうなったらと不足する理は、大目に見許すことは出来ない。世間一般の人々の日々の生活振りと見較べ、お道の上からとやかく考えて、不足してはならぬ。という意味で、咽喉身上はたんのうの理をよく治めよ。と指示しているのであろう。
【摘要】
咽喉は、口で咀嚼したものをのみこむところである。咽喉に関する身上さとしが、理をよく飲み込む(治める)こと特にたんのうの理をのみこむことを強調していられる点は、誠に妙味深い者があると申すべきであろう。

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