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永尾よしゑ頭痛、たつゑ夜泣きするに付、併せて願

さあ/\尋ねる処/\、よう聞き分けねば分からん。身の処さあ実を知らす、真を知らす。一日の理は朝にある。一日の日何にも分からん、何にも知らん。一寸分かり、どういう理が、ようめん/\一つの理という。よう聞き分け。皆一つ内々の処にて、結構の理は言わず思わず。どんな理も聞き分け。いかなるも不足じゃあろまい。分かりあれば鮮やかという。何も一日の日/\という。どれだけ一つの心、話話一つの心、一つの話よう聞き分け。何程の処、どれだけの心を尽す、身をこなす。たゞ一つの心で皆戻る。兄弟一つの理を聞き分け。人間身の内神のかしもの、神にかりもの、兄弟先々にも擦れるのも兄弟、をやという一名一人それまでのもの、後後小人同様。この理一時聞き分けるなら鮮やか。ぢば一つの理、日々育てる理はをやと言う。ぢば清水一つの理である。不足な人の身に取れ。一時一つの理を改め。
【説明】
永尾よしゑ、本席様息女。 永尾たつゑ、本席様孫女。 結構の理は言いもせず、思いもせず、生活しているが、どんな理も聞き分ければ、如何なることも不足ではないであろう。結構の理が解れば、鮮やかに御守護頂けるという意味で、頭痛は、結構の理が解らず、不足に思うてはいけないと指示されたのであろう。おぢばに入るものの忘れてはならぬ心得である。 永尾よしゑ、本席様息女。おぢばの理は、日々帰参する人々を育てることで、育てる理はおやの理である。おぢばは清水のように澄み切って不足の埃があってはならない。不足してる人の身になってよく思案して、今すぐにおぢばの理を改めよ。という意味で、子供の夜泣きするのは、おぢばに帰参する道の子を、不足させないようにということを指示されたのであろう。
【摘要】
頭についてのおさしづを要約すると、人間思案(特に高慢の心)を捨て、親神の思し召しに素直にそいきり、幾重の中もたんのうして通れという意味のものが多いように思う。一言にして申せば、理の考え違いを戒めていられるように思う。考え違いを引き起こすもとは、めいめいの欲の心であり、何について理の考え違いをしたかは、その人のいんねんによるのである。身上かしもの・かりものの理をよく思案し、教祖のひながたをしのび、自分がおたすけいただいた最初の道すがらを忘れずに通れば、考え違いがなくなり、日々たんのうの心がおさまり、陽気ぐらしができるであろう。 子供の夜泣きは 子のよなきをもふ心ハちがうでな こがなくでなかみのくどきや    三 29 のお歌で示されるように、親神様のくどきであるが、その原因は (1)十分いんねんの理を理解せず、日々をたんのうして通れない。 (2)帰参する道の子に十分の満足をあたえることが出来ない。 (3)親が子供の将来を心配して、現在通らせていただく道を不足する。 (4)理にもとづいて、もう一段しっかりした心定めが出来ない。 こと等、成人のもどかしさについてである。

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