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井筒梅治郎小人ふみ身上はしかに付願
さあ/\身上に一つの事情、長らえての事情、不都合であろう。内々の処日々事情、あゝと思う思案ばかりでは分かろまい。身上に事情と言えばいろ/\ある。何か事情、皆世界いつ/\までもなあと思うやろう。出物に一つの理。身の内どういう処、不足処は何よの処も分かろまい。世上の理というは、幾重の理もある。同じかしもの・かりもの、この理聞き分け。日々身は清水と言えど、一日の処は計り難ない。なれど日々不足にても、この理を内々治めるよう、治めて貰いたい。
【説明】
井筒梅次郎、芦津大教会初代会長。 自分では何を不足にしているか、はっきり自覚していないであろうが、身体のどういうところに出ものが出るのも、それには一つの理がある。世間には、いろいろの人があるが、皆同じかしもの・かりものの身体である。病の元は心からというこの理をききわけよ。日々自分では埃をつむまいと思っていても、埃をつむ日がないとはいえない。日々不足があっても、そうした埃をはらうように、この理を家内で治めるように、という意味で、はしかは日々不足の埃をつんではならぬ。ということを指示されたのであろう。
井筒梅次郎、芦津大教会初代会長。 自分では何を不足にしているか、はっきり自覚していないであろうが、身体のどういうところに出ものが出るのも、それには一つの理がある。世間には、いろいろの人があるが、皆同じかしもの・かりものの身体である。病の元は心からというこの理をききわけよ。日々自分では埃をつむまいと思っていても、埃をつむ日がないとはいえない。日々不足があっても、そうした埃をはらうように、この理を家内で治めるように、という意味で、はしかは日々不足の埃をつんではならぬ。ということを指示されたのであろう。