おさしず検索


春野利三郎へ大阪梅谷四郎兵衞妻妹はるを嫁に貰うつもりにて、先に当分手伝のため神戸春野方へ参り、互に心を見合い中利三郎の心に入らず、よって大阪へ連れて帰りて断るに困り、又付合上にも関するに付生涯縁あるや否やに付願

さあ/\尋ねる事情、良きと思う処、縁談互い/\の諭し、互い/\の理を聞きやい、そんならと理が治まれば、生涯のいんねん。どれだけ話聞く。めん/\心があれば、心に治まらんものである。そこで縁談一条取次に委せ置いたる。どちらの事情、これなら互い/\の理、生涯の事情、これを聞き分け。たゞ一つよかろう。寄せ寄せでは生涯の理とは思われまい。人々と人々、これならと理が治まって、生涯の理という。どうせにゃならんとは言わん。見分けて堅くに治めてくれるよう。

同時、増野いと乳痛み、道興くさ出来障りに付願
さあ/\尋ねる事情/\/\、身の処/\、どういう理で障る。どういう理で、小人どういう事も、一つ/\さんげ諭し、さんげ重々聞く。何がどう、事情に一つ事情に理が出る。どんな事も身の処不足なって事情、めん/\何処で住む、何処でどうするのもいんねん始め掛け。いんねんの理で聞かそう。第一の理である。よう聞き分け。話聞かするにも道理上、一つ年取りたる一つの理もある。どちらこちら同じ理で心に掛かる。どういう事情、いんねん付き添う。分からん事と思わんよう。成るよう心を定め。難儀さそう、不自由さそうとは言わん。一時万事しっかり思わんよう。前々思い古き思い、世界のいんねんたいと定め。何処で暮らすもいんねん。難儀さそう、不自由さそうとは言わん。案じる事は無い。諭するには、追々分かり来る。追々心が治まって、何かの処、めん/\諭する処、道理上世界の事情見れば結構に暮らせども身が成らん。世上成るによって、事情思えば前生のさんげ。これを聞かすによって。
【説明】
増野糸、本部員増野正兵衛夫人。 各自何処で住み何処でどうするのも因縁であって、先ず因縁の理からきかそう。これが第一の理であるからよくききわけよ。話をきかすのにも道理の上からすることが大切で、そうでないと、今迄長年住んでいた関係上、旧い住所(神戸)と新しい住所(おぢば)とが同じ理に思われて、おぢばにすみこむことが心配になる。どういう事情も因縁の上からそうなるのであって、わけのわからんことと思わんよう、住みこむように心を定めよ。という意味で、くさの出来たのは、理をどこまでも立てて、はっきりした心定めをせよということを指示されたのであろう。 お糸が何処で住むのも、どうするのも、因縁からそうなるのである。いんねんの理を聞かそう。これは第一の理であるからよく聞きわけよ。どういう事情でもそれには因縁がつきまとっている。因縁の上から成って来る理を解らんことと思わんように、成って来る理添うように心を定めよ。そうすれば難儀さそう、不自由さそうとは云わない。という意味で、乳痛むのは、おぢばに住みこんで子供を育てることを不足してはいけない。と指示されたのであろう。
【摘要】
「くさ」については丁度症状が示すように、むしゃくしゃしている心の状態、即ちいんねんに心ひかれて、理一條に立ち切れず、不足勝ちでいるところを、あざやかに理の上から思案して、どこまでも理が立つようにつっぱって行けということを指示されていられる。 註 身上さとしは、親神天理王命の十全の守護の理が根底となっていることは、今更申すまでもないことである。”二つ一つが天の理”というお言葉は、本教的な物の考え方(理論)を最も端的に表現するものであろう。”二つが一つになる”なり方が、論理的にいって、非常に問題があるところであるが、本教では、”談じ合い”をもって、”順序の理”を経て、”一つになる”のである。この理論に基づいて、下図に示すように十全の対応の守護の理を理解するならば、皮膚についてのさとしが、それに対応する”つっぱり”の理合いによってなされている意味をよく納得することが出来よう。

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