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山名分教会より事務所本部近傍にて地所買い入れ建築致し度く願(就ては鈴木由太郎地所買い入れ度く願)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\まあ/\これまで古き所で先楽しみ、今の一条前々古き事情にて又話にて通り来たる。容易ならん道通り、今一時これ一つ楽しんだ日来たであろ。それは心に委せ置こう。皆々心に委せ置こう/\。
【説明】
(1) このおさしづは、詰所の普請についてのものである。 (2) 前々から先に楽しみがあると諭し、皆もその先を楽しみに容易ならん道すがらを通って来たが、今日ではその楽しみの日が来たのである。したがって、願い出ている普請も心通りに任せる。 \n\n (1) 山名詰所(分教会事務所、登参事務所、出張事務所とも言った)の田地購入と建築の件を伺う。遠隔地よりの信者をもつ教会は、早くから本部近傍の民家を借り信者詰所に当てたが、教祖十年祭には多数の信者受入れの必要上、詰所設置が必要となる。山名は明治二十二年から鈴木氏の脇屋を借り詰所に当て、二十六年には三島の北田嘉市氏所有地一反を買収せんとしたが、本部より、地所買入れは今後の地価に影響を及ぼすとの理由から見合わすよう指示があり、契約を破棄した(「山名大教会史」参照)。 いよいよ明治二十八年詰所建築の運びとなった。 (2) 詰所敷地買入れ建築することは、古くからの事柄で先を楽しんで通って来た。容易ならん道中を通り、いよいよ楽しみの日が訪れてきたであろう。皆の心に任せるから勇んでかかれ。
(1) このおさしづは、詰所の普請についてのものである。 (2) 前々から先に楽しみがあると諭し、皆もその先を楽しみに容易ならん道すがらを通って来たが、今日ではその楽しみの日が来たのである。したがって、願い出ている普請も心通りに任せる。 \n\n (1) 山名詰所(分教会事務所、登参事務所、出張事務所とも言った)の田地購入と建築の件を伺う。遠隔地よりの信者をもつ教会は、早くから本部近傍の民家を借り信者詰所に当てたが、教祖十年祭には多数の信者受入れの必要上、詰所設置が必要となる。山名は明治二十二年から鈴木氏の脇屋を借り詰所に当て、二十六年には三島の北田嘉市氏所有地一反を買収せんとしたが、本部より、地所買入れは今後の地価に影響を及ぼすとの理由から見合わすよう指示があり、契約を破棄した(「山名大教会史」参照)。 いよいよ明治二十八年詰所建築の運びとなった。 (2) 詰所敷地買入れ建築することは、古くからの事柄で先を楽しんで通って来た。容易ならん道中を通り、いよいよ楽しみの日が訪れてきたであろう。皆の心に任せるから勇んでかかれ。
【摘要】
教会普請に関するおさしづは教会設立のおさしづほどではないが、全部となると、やはり相当な数になる。また中には、割り書きに「普請」と明記されていなくとも、叙上の郡山分教会のおさしづのように、教会長の身上を通して普請のおさしづをくだされているような場合もあり、一層数はふえてくる。そして、年次的に初期のおさしづの方がお諭しくださるお言葉も多く、お諭しくださる点も割合に詳しくうかがえるのに対して、後期になると、お言葉も少なく、非常に直截、簡潔なものが多いのは、設立に関するおさしづと同様である。 そうしたところから普請に関するおさしづも、やはり比較的初期のものの中から、いくつかを取り上げさせてもらった。 そこで教会普請について、心得なければならない諸点を要約すれば、次の通りである。 (1) 教会の普請は、人間思案を捨ててかからねばならない。 (2) 教会の普請は、一人や二人の力でできるものではなく、多くの者が一手一つに、神一条の心に心を結び合うことである。 (3) 教会の普請は、単に形の上で建物を建てるのではなく、その普請を進めることによって、めいめいの心を入れ替え、心の成人をさせていただくことである。そして親神は、そのめいめいの心の成人にふさわしい形(大きさ)をご守護くださるのである。 (4) したがって、いかなる計画を立ててみても、それが成るも成らないも、めいめいの心の成人次第である。 (5) 普請には普請をするべき旬がある。その与えていただいた旬をはずさず、理の伏せ込みをさせていただいてこそ、末代変わらない理を戴けるのである。 \n\n 本部の地所に関するおさしづを通覧すると、次のような点に神意が現われている。 (1) 神のやしきの地取(範囲)は、既に神意として定まっているということ。かねがね教祖は「八町四方は神のやかた、奈良初瀬七里は宿屋ばかり」と仰せになっており、遠大な親神の思召しが着々実現されていくことになる。 神のやしきの地取りはすでに定まっている (明治22・10・20) 縄を張って何間何尺定めたるようなもの (明治26・6・13) 元のやしきへ成って来る (明治23・4・24) 年限だん/\重なれば八町四方になる (明治27・11・17) というようなお言葉に、そのことがうかがえる。 (2) 道の子供たちが親神を慕って帰って来るぢばであるゆえに、広い地所が必要である。教祖十年祭を迎えるに当たって教祖殿建築につき伺うと、 親の内は地所さい広がりたら十分。子供戻るぢば無うてはどうもならん (明治28・3・10) と言われ、これより詰所がぢばに建築され賑やかとなる、広い地所を神はお望みである。 広く要る/\、急くも神、抑えるも神の働き (明治22・8・18) (3) おやしき拡張のための地所買い入れは、申すまでもなく親神の親心によってご守護をいただくのである。 地所集め掛けたる処、大抵々々もう少しの処、直きに集めさして了う (明治28・11・14) 道の理運んで万事の処心さえ持って働きさえすれば、どんなことでもさしてみせる (明治33・4・20) (4) おやしき拡張整備のための土地購入は急いではならぬ。年限によってご守護をいただくのである。 年限という処から、ぼち/\掛かれば成る (明治34・2・10) 成程という処から何でも及ばす。年限の理を持って及ばす (明治32・1・15) 大木の大きくなるようなもの (明治28・8・19) また、旬がくれば口を開いたように、鮮やかに順調よくご守護をいただく、とも言われる。教祖五年祭(明治二十四年)を迎えるに当たって、その前年のさしづには、 広くぢばが要る。要るというて前にも諭したれど、やしきの取りようもないと思うやろう。なれど一つ口が開けたら皆寄り来るであろう。(中略)仮家普請差掛普請、一寸始め掛けた (明治23・6・21) それは日覆いを取り除けるようなものだと言われている。 (5) 土地買い入れについての人の心の在り方はどうであればよいか、と言えば、この点については、 大層々々は受け取れん。大層してはたすけ一条何もならん (明治33・3・16) かけ合いなら何時でも許し置く。尋ねるまで。大層の処世界にも成らん (明治32・1・15) しかも大切なことは、各人の発意によるものであって、無理なことは神は受け取れぬ、と言われている。 運ぶ尽くす理は受け取る。(中略)しようまいと思たて、出来掛けたら出けるで (明治25・6・20) 何にも進めるやない、頼むやない (明治22・10・23) いずれ広くならにゃならん。(中略)人の心によりて心一つ成るものや (明治34・11・13) ――親神の深い思惑によって、親神のご計画が着々実現されつつあることに間違いはない。かつ、道の普請(建物の場合)は仮普請で、更に将来へ向かって発展する一過程における普請であることが特徴的で、道の子供たちの勤めは、一日も早い親神の思召し実現に努力することである。 先々育てて成人したら、どんな所からどういう事出けるやら知れやせん (明治28・11・14) と、非常に子供の成人に期待をかけられている。そのご期待に応えるには、どのように努めればいいか、この点が最も肝要なところであろう。
教会普請に関するおさしづは教会設立のおさしづほどではないが、全部となると、やはり相当な数になる。また中には、割り書きに「普請」と明記されていなくとも、叙上の郡山分教会のおさしづのように、教会長の身上を通して普請のおさしづをくだされているような場合もあり、一層数はふえてくる。そして、年次的に初期のおさしづの方がお諭しくださるお言葉も多く、お諭しくださる点も割合に詳しくうかがえるのに対して、後期になると、お言葉も少なく、非常に直截、簡潔なものが多いのは、設立に関するおさしづと同様である。 そうしたところから普請に関するおさしづも、やはり比較的初期のものの中から、いくつかを取り上げさせてもらった。 そこで教会普請について、心得なければならない諸点を要約すれば、次の通りである。 (1) 教会の普請は、人間思案を捨ててかからねばならない。 (2) 教会の普請は、一人や二人の力でできるものではなく、多くの者が一手一つに、神一条の心に心を結び合うことである。 (3) 教会の普請は、単に形の上で建物を建てるのではなく、その普請を進めることによって、めいめいの心を入れ替え、心の成人をさせていただくことである。そして親神は、そのめいめいの心の成人にふさわしい形(大きさ)をご守護くださるのである。 (4) したがって、いかなる計画を立ててみても、それが成るも成らないも、めいめいの心の成人次第である。 (5) 普請には普請をするべき旬がある。その与えていただいた旬をはずさず、理の伏せ込みをさせていただいてこそ、末代変わらない理を戴けるのである。 \n\n 本部の地所に関するおさしづを通覧すると、次のような点に神意が現われている。 (1) 神のやしきの地取(範囲)は、既に神意として定まっているということ。かねがね教祖は「八町四方は神のやかた、奈良初瀬七里は宿屋ばかり」と仰せになっており、遠大な親神の思召しが着々実現されていくことになる。 神のやしきの地取りはすでに定まっている (明治22・10・20) 縄を張って何間何尺定めたるようなもの (明治26・6・13) 元のやしきへ成って来る (明治23・4・24) 年限だん/\重なれば八町四方になる (明治27・11・17) というようなお言葉に、そのことがうかがえる。 (2) 道の子供たちが親神を慕って帰って来るぢばであるゆえに、広い地所が必要である。教祖十年祭を迎えるに当たって教祖殿建築につき伺うと、 親の内は地所さい広がりたら十分。子供戻るぢば無うてはどうもならん (明治28・3・10) と言われ、これより詰所がぢばに建築され賑やかとなる、広い地所を神はお望みである。 広く要る/\、急くも神、抑えるも神の働き (明治22・8・18) (3) おやしき拡張のための地所買い入れは、申すまでもなく親神の親心によってご守護をいただくのである。 地所集め掛けたる処、大抵々々もう少しの処、直きに集めさして了う (明治28・11・14) 道の理運んで万事の処心さえ持って働きさえすれば、どんなことでもさしてみせる (明治33・4・20) (4) おやしき拡張整備のための土地購入は急いではならぬ。年限によってご守護をいただくのである。 年限という処から、ぼち/\掛かれば成る (明治34・2・10) 成程という処から何でも及ばす。年限の理を持って及ばす (明治32・1・15) 大木の大きくなるようなもの (明治28・8・19) また、旬がくれば口を開いたように、鮮やかに順調よくご守護をいただく、とも言われる。教祖五年祭(明治二十四年)を迎えるに当たって、その前年のさしづには、 広くぢばが要る。要るというて前にも諭したれど、やしきの取りようもないと思うやろう。なれど一つ口が開けたら皆寄り来るであろう。(中略)仮家普請差掛普請、一寸始め掛けた (明治23・6・21) それは日覆いを取り除けるようなものだと言われている。 (5) 土地買い入れについての人の心の在り方はどうであればよいか、と言えば、この点については、 大層々々は受け取れん。大層してはたすけ一条何もならん (明治33・3・16) かけ合いなら何時でも許し置く。尋ねるまで。大層の処世界にも成らん (明治32・1・15) しかも大切なことは、各人の発意によるものであって、無理なことは神は受け取れぬ、と言われている。 運ぶ尽くす理は受け取る。(中略)しようまいと思たて、出来掛けたら出けるで (明治25・6・20) 何にも進めるやない、頼むやない (明治22・10・23) いずれ広くならにゃならん。(中略)人の心によりて心一つ成るものや (明治34・11・13) ――親神の深い思惑によって、親神のご計画が着々実現されつつあることに間違いはない。かつ、道の普請(建物の場合)は仮普請で、更に将来へ向かって発展する一過程における普請であることが特徴的で、道の子供たちの勤めは、一日も早い親神の思召し実現に努力することである。 先々育てて成人したら、どんな所からどういう事出けるやら知れやせん (明治28・11・14) と、非常に子供の成人に期待をかけられている。そのご期待に応えるには、どのように努めればいいか、この点が最も肝要なところであろう。