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上原佐助三女ふさ十七才こちらへ引き寄せ度く願
さあ/\尋ねる事情/\、年限数えるは余程年限。後の年限よう/\理集まり、それより今日の日と成る理大切々々。これまでの理、皆それ/\中の理で養育。これから真実の理で養育。心の理で治めてやるがよい。心通り/\委せ置く/\。
性は上原家名乗らしたものでありますか、又川合家と名乗らしたものでありますか
さあ/\尋ねにゃ分からんで。こうしょうと思う、どうしょうと思う、一つあろう。それは、主の心にその心添わすが精神。この理聞き分け。容易ならん理、治めてやるがよい。
性は上原家名乗らしたものでありますか、又川合家と名乗らしたものでありますか
さあ/\尋ねにゃ分からんで。こうしょうと思う、どうしょうと思う、一つあろう。それは、主の心にその心添わすが精神。この理聞き分け。容易ならん理、治めてやるがよい。
【説明】
(1) 上原佐助氏 東大教会初代会長。 大阪での畳表商「備佐」の不振より負債整理のため協議離婚をし、明治十八年七月佐助氏は東京へ、明治十九年六月妻さと姉は笠岡へ別れ住む。明治三十四年ふさ姉を東京へ呼びたいと佐助氏より話しあり伺う。 (2) ふさを東京へ呼び寄せたいというが、佐助の東京での長年の苦労によって、ようよう今日の日となった。これまで、ふさに対し親らしい育て方もせずにきたが、これから真実の理で養育し、しっかり心を注いで治めてもらいたい。育てたいというのなら心通り任せおく。 (3) 上原の姓を名乗らせるか、さとの生家川合姓を名乗らせたものか、こうしよう、どうしようというのは一家の主人の心に添わすのが肝心である。容易ならぬ事情もあろうが治めてやってくれ。 ふさ姉は東京へ行かず笠岡にとどまった。東京行きは話だけに終わった。
(1) 上原佐助氏 東大教会初代会長。 大阪での畳表商「備佐」の不振より負債整理のため協議離婚をし、明治十八年七月佐助氏は東京へ、明治十九年六月妻さと姉は笠岡へ別れ住む。明治三十四年ふさ姉を東京へ呼びたいと佐助氏より話しあり伺う。 (2) ふさを東京へ呼び寄せたいというが、佐助の東京での長年の苦労によって、ようよう今日の日となった。これまで、ふさに対し親らしい育て方もせずにきたが、これから真実の理で養育し、しっかり心を注いで治めてもらいたい。育てたいというのなら心通り任せおく。 (3) 上原の姓を名乗らせるか、さとの生家川合姓を名乗らせたものか、こうしよう、どうしようというのは一家の主人の心に添わすのが肝心である。容易ならぬ事情もあろうが治めてやってくれ。 ふさ姉は東京へ行かず笠岡にとどまった。東京行きは話だけに終わった。
【摘要】
教会ならびに一般家庭の後継者の問題は、男子の嫡子がいる場合は継承について、さほど問題となることはない。――もっとも事情によっては嫡男がいても廃嫡(嫡子としての身分を廃止すること。ただし現在の民法にはない)した場合は、やはり家庭事情として問題になる。しかし、それはそう多い出来事ではない。 ところが嫡男がいない場合は深刻な悩みである。娘に婿養子を迎える、あるいは実子がいない場合は養子(男でも女でも)を迎えることになる。おさしづには、いろいろの伺いがある。それを整理すると次のような場合がある。 一、 娘(実子)に婿養子を迎える場合。 二、 実子がないので、他家より養子(養女のこともある)を迎える、それも幼少から迎える場合と、成人してから迎える場合とがある。 三、 他家へ養子に出す場合。 四、 その他。 しかしおさしづの神意をうかがうと、実子がある場合と、ない場合の違いはほとんどない。ここではおさしづに説かれている要旨を中心に、考察を進めてみることにする。 (1) 養子を迎えるのは、理と理を寄せ合うのである。実子のない場合も同じで、理を結ぶのである。すなわち、これは深い親神のお計らいによるものである。 (2) 親子の結びつきは前記したように、いんねんによるものであり、養子(養女も)を迎えるに当たって、将来末代の心、生涯変わらぬ心、元一日の心をもって迎えること。 (3) 心と心が結ばれることが大切である。二人の心、双方の心、親々の心、それぞれが結ばれ、治まることが肝心である。 (4) 人おのおのいんねんが異なる。養子を迎えるいんねんの人もあれば、嫁に出すいんねん、嫁に行くいんねんの人もある。何よりもいんねんの自覚が大切である。一方、感謝とたんのうの心がなければならぬ。 (5) 幼少の者を養子に迎えるに当たって、将来を楽しむことである。「あちらにあるもこちらにあるも同じ理」「皆暮らすも同じ理」である。ゆえに心配はいらぬと言われている。 (6) 他家へ養子に出す場合も迎える場合も、その心構えがなければならぬ。あたえがなければならない。 (7) 別家を立てる場合、心の休まるよう運べと言われ、事情に応じて善処することを指示されている。 おさしづには一例として、笠岡の上原ふさ姉に川合家を立てさせたい、との伺いがある。この場合「主の心にその心添わすが精神」と言われ、主人の心に添って処置せよとさしづされている。 (8) 嫡男がいながら、ある事情のために、あとを継ぐことができぬ場合、後継者をどうするかということは非常に難しい問題である。この場合事情により善処するように、と言われる。 おさしづでは、その一例として、敷島の上村氏の長男庄作氏を後継者とするか、と伺った。すると、養子を迎えようにも迎えにくい。可哀想な者であるから「優しい処以て治めるよう」と、親心あふるる処置を指示されている。
教会ならびに一般家庭の後継者の問題は、男子の嫡子がいる場合は継承について、さほど問題となることはない。――もっとも事情によっては嫡男がいても廃嫡(嫡子としての身分を廃止すること。ただし現在の民法にはない)した場合は、やはり家庭事情として問題になる。しかし、それはそう多い出来事ではない。 ところが嫡男がいない場合は深刻な悩みである。娘に婿養子を迎える、あるいは実子がいない場合は養子(男でも女でも)を迎えることになる。おさしづには、いろいろの伺いがある。それを整理すると次のような場合がある。 一、 娘(実子)に婿養子を迎える場合。 二、 実子がないので、他家より養子(養女のこともある)を迎える、それも幼少から迎える場合と、成人してから迎える場合とがある。 三、 他家へ養子に出す場合。 四、 その他。 しかしおさしづの神意をうかがうと、実子がある場合と、ない場合の違いはほとんどない。ここではおさしづに説かれている要旨を中心に、考察を進めてみることにする。 (1) 養子を迎えるのは、理と理を寄せ合うのである。実子のない場合も同じで、理を結ぶのである。すなわち、これは深い親神のお計らいによるものである。 (2) 親子の結びつきは前記したように、いんねんによるものであり、養子(養女も)を迎えるに当たって、将来末代の心、生涯変わらぬ心、元一日の心をもって迎えること。 (3) 心と心が結ばれることが大切である。二人の心、双方の心、親々の心、それぞれが結ばれ、治まることが肝心である。 (4) 人おのおのいんねんが異なる。養子を迎えるいんねんの人もあれば、嫁に出すいんねん、嫁に行くいんねんの人もある。何よりもいんねんの自覚が大切である。一方、感謝とたんのうの心がなければならぬ。 (5) 幼少の者を養子に迎えるに当たって、将来を楽しむことである。「あちらにあるもこちらにあるも同じ理」「皆暮らすも同じ理」である。ゆえに心配はいらぬと言われている。 (6) 他家へ養子に出す場合も迎える場合も、その心構えがなければならぬ。あたえがなければならない。 (7) 別家を立てる場合、心の休まるよう運べと言われ、事情に応じて善処することを指示されている。 おさしづには一例として、笠岡の上原ふさ姉に川合家を立てさせたい、との伺いがある。この場合「主の心にその心添わすが精神」と言われ、主人の心に添って処置せよとさしづされている。 (8) 嫡男がいながら、ある事情のために、あとを継ぐことができぬ場合、後継者をどうするかということは非常に難しい問題である。この場合事情により善処するように、と言われる。 おさしづでは、その一例として、敷島の上村氏の長男庄作氏を後継者とするか、と伺った。すると、養子を迎えようにも迎えにくい。可哀想な者であるから「優しい処以て治めるよう」と、親心あふるる処置を指示されている。